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Well...
I've finished transcribing of the Tales of Xillia Short Story; Side Wingull from the TOX Fan's Bible. Asakfdjgh jhkfdjhg Nils!!!
I do not think I am able to write a good summary, at least, not right now. My Japanese is VERY bad, so... It is just a script. But more than nothing.

It is a story about Rein Londau (Wingull) and his close friend Nils Freeden.
About their childhood and the battle of Faizabard. About Rein's father's death and the conversation with Gaius on a hill before the cancelled battle in Mon Highlands, when Rein desided that Londau tribe had surrender to Gaius and then he became his subordinate and took the name "Wingull".
The story about booster research, about Wingull's desire to take a great power in his arms and about the booster experiments in the Liberi Research Institute.
About Elise Lutus and the time when Nils had met her in the Institute, took an interest in her and became her friend.
About the events happend a year before the game, when Nils died defending Elise and other children from the Institute.

Rein Londau, Nils Freeden
Wings of Reminiscence

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Script Version 1.0 [27.02.2013]
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Tales of Xillia
Short Story; Side Wingull

ウィンガル
追憶の翼

p01 (TOX Fan's Bible 114)

❖ 王子の誕生
産声に続いて、幾晩にも渡る祝宴が花開いた。
銀の皿にはア•ジュール各地でこの日のために狩られた獣たちが山と盛られ、金のゴブレットには琥珀色に輝く見事な酒の数々が注がれて円卓を埋め尽くした。まばゆいばかりのその光景は、幼子だったニルスの脳裏に、忘れられない記憶として焼き付いた。
ニルスが生まれ育った地域は、ア•ジュールの中でも指折り数えられる巨大部族ロンダウの領地で、支配者であるロンダウの一族は周辺の諸部族を従え、北の大地に広大な名声と多大な影響力を持って、存在感を誇示していた。
ロンダロンダウはア•ジュール創世の神話にも語られる七子(しちし)のひとつで創世の賢者クルスニクの子孫をその祖に持つと伝えられる。すなわち他のどんな氏族よりも神聖で尊く、格式があり、君臨するにふさわしい無二の存在---というのが、ロンダウの名を持つ者の自負だ。
しかし十数年前の指導者の交代ののち、傑物として知られた族長ラーシュは長く世継ぎに恵まれなかった。ラーシュには三人の弟があり、子がなければ彼らが後を継ぐ順序だが、いずれもラーシュほどの才覚は持ち合わせていない。
カゃ家名によって権勢を保つ社会にあいて、者の不在はそのまま一族の衰退を意味する。ゆえに王子の誕生はラーシュの悲願であり、リインが無事に生を受けて生まれ落ちたことは、取りも直さず、ロンダウの盤石な未来を投影する、大きな意味を持っていた。
巨大な運命を小さな体に背負い、ゆりかごの中で無防備に眠る未来の王と、それを見守る利発そうな子供の姿は、あるいは民の希望の象徴といったところであろうか。
ロンダウ族長の嫡子リイン・ロンダウ零歳。ロンダウ家家臣ニルス•フリーデン四歳の、水の季節だった。

ニルスの母親は娘の時代から、ラーシュの奥方である皇后の衣装係をし、平民の出ながら城に出入りを許されていた。女官の仕事は未婚の娘にとっては最大の栄誉だが、そうした職を射止めたことを笠に着るでもなく、朗らかで素朴な母は皇后の覚えがよかったと見え、のちに生まれたニルスともとも城のみなにかわいがられた。そうした縁で彼は生まれたばかりのリインの遊び相手と正式に認められ、ゆくゆくは護衛として仕えるという誉れを授かったのだ。
リインとは、古い言葉で「輪廻」を意味する「リイン力ーネーション」からとった名なのだという。母が皇后に聞かされたことを、宝物のようにそっと教えてくれた。魂が人と精霊との世界を行き交いながら、生まれ変わり、新しい命を育むリーゼ•マクシアの神秘。
「だからリイン様のお名前は、世界の真理そのもので、何よりも尊いのよ」
生きた精霊の姿も魂の流れも、この目で確かめようもなかったが、その名ほどロンダウの跡継ぎにふさわしいものはないと、ニルスは考える。生まれながらにして額に聡明さをたたえた、白磁の頰と漆黒の髪が美しい、高貴にして神聖な王子。彼の傍に仕えすべてを支え、やがては身を挺して守る使命を与えられたことを、このうえもない幸福だと思った。

権力者やその後継者とは、表向きには文武に優れた人格者だと標榜される。君臨する者とは存在そのものが一種のプロパガンダであり、あるいは象徽だからだ。そうして美辞麗句で飾り立ててみはしたが、蓋を開けてみれば何のことはない、周りの人間にダシにされるだけの凡人だった、というのはよくあることだ。
しかしリインは、まったくの誇張なしに、ロンダウの歴史に残る神童であった。
言葉を覚え、歩き始めた時分こそ、ニルス、ニルスと、兄弟同然の友の後を追い、ベそをかいていたが、やがて自在に遊び回る年になると、ふたりの年齢ゆえの決定的な差は、瞬く間に差を詰められ、数年も立たぬうちに立場が逆転することになる。

{ おもな登場人物 }
ニルス•フリーデン ロンダウ族長の嫡子リインの従者
リイン•ロンダウ ロンダウ族長の嫡子。のちの四象刃(フォーヴ)ウィンガル
アースト•アウトウェイ アウトウェイ族長の嫡子。
ア•ジュール連合国を興し王ガイアスを名乗る
ラーシュ リインの父親。ロンダウ族長
ヤーン ラーシュの弟でリインの叔父。次男
イング ラーシュの弟でリインの叔父。三男
ブルーノ ラーシュの弟でリインの叔父。四男
ジャオ 四象刃(フォーヴ)のひとりでキタル族長。
本名オルテガ•キタル
少女 ジャオとともに暮らした過去を持つ。本名エリーセ•ルタス


p02 (TOX Fan's Bible 115)
ニルスとて、その年齢にしては十分以上に、優秀な子ではあった。しかしリインがその内に持つ泉が、いかに深く澄み、智の水を無限にたたえるものであっ たか。
読み書きをハオの哲学書で覚え、竜盤の駒の動きに思考の過程を見出し、やがて兵法書を片手に兵器廠の軍人のところを訪ね歩いては、過去の戦の解釈を迫るようになった。重箱の隅をつつくような細かい質問に手を焼いた彼らは、ラーシュに懇願して、リインが興味を持ったそれぞれの分野に、教育係である学者を雇い入れ、未来の族長に宛がうはめになる。
学問ばかりでない。リインは芸術にもひとかたな らぬ興味を示した。ロンダウの族領にいるだけでは一生目にすることもないような品々がア•ジュル各地はおろか、リーゼ•マクシア中から彼のもとに集められた。そうした一流の物と知識とに囲まれてリインは一層己の教養と感性とを研ぎ澄ましてゆき、ニルスもまた、それらにともに触れる機会に恵まれ、年下の主であるリインの薫陶を得た。
互いを己の半身のように気遣い、少年たちは城のとこにでも手を取り合って現われる。
闇のような黒い髪を絹糸さながらになびかせ、険のある独特の表情で、つんと澄ましているリインと、 金の巻き毛を揺らし、いつも上気した薔薇色の頰で笑うニルス。ふたりは子犬のように庭でじゃれ合い、雛のように肩を寄せ合って眠った。

知り、学ぶということの意味を、大人よりもずっと深く理解し、体現するリインの姿は、ロンダウの支配階級としてはやや異質なものでもある。
父親であるラーシュや歴代の族長がそうであるように、ロンダウでは普通、武勲を立て力を誇示する人物ほとその価値を評価される。実際にラーシュも叔父たちも、戦によって相手をねじ伏せることが何よりの力の証明だと信じていた。机の上で策を練ったり政治的な駆け引きをすることは、力に自信のない軟弱者のすることで、族長やそれに続く人間は、軍旗のはためきと剣戟の響きによって語られるものであるべきなのだ。
リインも武器を持つ年頃になれば、「偉大な族長ラーシュ」の息子として、己の力を知らしめるために、否が応でもそうした粗暴で粗野な闘争に狩り出される運命にある。ロンダウが、ア•ジュールが、これまでと同じ歴史を歩み続けるなら、そうだった。しかし実際は、世界は大きなうねりの中心に向かって、 動き始めいた。

❖ ファイザバード会戦
長年膠着状態にあったラ•シュガルが、ついにア•ジュルの領土を狙って侵攻してくるという。
ラ•シュガルは、ファイザバードの湾を挟んで大陸の南側に位置する大国で、ア•ジュールが部族ごとの領邦で形成されているのに対し、王家であるファン家が全土を統一している。その支配は徹底され、厳格な政治体制の下でさらなる支配権の拡大を目指すラシュガルは、いまだ前時代的な部族間抗争に明け暮れるア•ジュールを一網打尽にする機会を以前からうかがっていたのだろう。
両国の地形から、戦場はファイザバード荒野のあたりになると予測され、ア•ジュールではロンダウの族長ラーシュを指揮官として、敵軍を迎え撃つ連合軍が組織された。
幾百もの部族から、腕に覚えのある屈強な戦士が隊列を組んでラーシュの下へ馳せ参じた。ロンダウの都は物々しい武装の男たちであふれかえり、城では連日連夜、族長らが集い、勝利を願う宴が繰り広げられる。
名だたる部族に混じって、北の少数部族アウトウェイから、老いた族長の名代を名乗るわずか十二歳の少年が謁見に訪れたのは、出陣まで数日というころだった。もともとが小規模な部族で、彼らだけで はまともな編隊を組めないため、族長代理の少年以下、アウトウェイの戦士たちは、ロンダウの傘下で戦うという。
王族でないニルスは、リインとは離れ、引見するラーシュとリインの様子を末席から見守った。自分と同い年の少年「アースト」は、背丈こそ小柄な大人と同じくらいにはあるが、成長の途上にある肉体はまだ骨張って、いささか心許ない。あと数年もすれば肩を覆うであろう戦士らしい筋肉も、今はまだ戦装束の下に息を潜めていた。
ラーシュも、リインの叔父ヤーンたちも、もっともらしい顔でアーストの口上を受けてはいたが、内心では失笑を禁じ得ない。ラ•シュガルの盟約のためには、誰かしら身分ある者を派遣しないわけにはいかないとはいえ、これではお飾り隊長が関の山だ。四方を忠実な側近にがっちり囲まれて、ちょっと剣を振ったら後方に下がって天幕の下で指揮棒でも振り、それで
「初陣を飾る」といったところか。
「とうの昔に落ちぶれた弱小部族が、子供ひとりをもったいぶって、片腹痛い」
「ヤーン様かイング様の部隊につけて、本物の戦場を見せてやれば、当人も思い知るでしょう」
「いやいや、泣いて逃げ出されては、保護者の役目を果たせんからな」
引見を終えたラーシュらは廷臣たちと好き放題に言い合い、こき下ろしては、愉快そうに笑い飛ばした。しかしリインは押し黙ったままで、顔からはいつもよりさらに血の気が引いている。大人びているとはいえ、まだ八歳の子供だ。物々しい空気に当てられたのだろう。
「おやおや、リイン様には少々剌激が強すぎましたかな。大丈夫ですぞ、こたびの戦、リイン様は母君のお膝で吉報をお待ちになる係なのですから」
またも起こる笑い。だがリインはそんな無遠慮な大人たちに目をくれることもなく、震える手でニルスの腕をつかんだ。
「疲れただろう。心配するな」
「ニルス。あのアウトウェイの者。嫌な予感がする」
まさか。僕と同じ十二歳の子供だぞ。そう言いかけたが、年下の天才の目が、その言葉を呑み込ませた。
宮廷の大方の人間は、不安げなリインの様子など、まともに取り合いもしなかった。そして見立て の甘さをまもなく思い知らされることになる。

のちに「ファイザバード会戦」と呼ばれた、ア•ジュールとラ•シュガルの衝突は、実際には痛み分けによって幕を閉じている。霊勢(れいせい)が安定していたはずのファイザバードの荒野が突然大津波に襲われて、兵も馬も何もかもが押し流されてしまったのだ。両軍とも大きな痛手を受け、とりわけ人的被害は計り知れず、兵士として派遣された家族を思いもかけない形で失った人々は深く傷つき、その後しばらくは領土争いどころではなくなった。
ずっとあとになって、この大津波は、断界殼(シェル)の外側の世界「エレンピオス」の軍隊が断界殼(シェル)に干渉しようとしたため、精霊マクスウェルが大いなる力を振るって対抗し、その結果引き起こされたのだと判明した。しかし当時の人々にそうした人智を超えた事情なとわかるはずもない。
ア•ジュールの軍勢は大津波が到来する直前まで、我先にとラ•シュガル軍に突っ込み、敵兵を追ぃ回す のにやっきになっていた。普段小競り合いをくり返している部族同士が、にわか仕込みの連合軍を仕立て上げたところで、所詮は武勲の奪い合いになるのは目に見えている。それぞれの部族が功を焦り、津波の到来を察知するのが遅れ、ロンダウをはじめどの部族も甚大な被害を被った。
少年アーストの部隊も、彼を残して全滅した。部下を犠牲にし、高い身分の者だけが生き残る。戦場でよくあるお決まりの結末だと、誰もがそう思った。


p03 (TOX Fan's Bible 116)
[Actually, the end of p.2 is "実態が浮き彫りにな" in the middle of the lower sentence, but I've united both parts.]
❖族長リイン
会戦の混乱が収束するにつれて、しかしアウトウェイの事実上の長たるアーストの実態が浮き彫りになった。ひとつは彼が他のどの隊にも先駆けてラ•シュガルの軍勢を脅かし、名軍師イルベルトを翻弄したという件である。あの悲劇がなければあるいは、厚い防御を打ち破り、懐に攻め込んでいたかもしれない。また津波の到来を察知し、軍の移動をくり返し進言していたともいう。
そしてもうひとつは、他の将官たちの前で当てつけのように彼の忠告を無視したロンダウ族の上官を、戦の混乱に紛れて暗殺したという噂である。
殺されたのはアーストの実妹の婚約者と目されていた男。リインの親戚に当たり、ニルスと同様に側近として仕えていた年上の友人だ。両者の経歴や立場を考えれば、そんな人物をアーストが敢えて手にかけるとは考えにくい。
多くの兵が失われた現実を前に、大部族ロンダウと、小さなアウトウェイの一族の確執はうやむやになった。だがアーストへの漠然とした恐れだけは、津波の姿とともに、生き残った者たちの心に刻まれた。
戦だけでなく、あらゆる巨大な渦を、技巧を凝らした舵取りではなく天賦の感性によって漕ぎ行く 才を持つ人間というのが、まれにいる。アーストがもしそうした生まれついての君主の資質を備えた人間なら、微妙な均衡のうちに保たれているア•ジュール世界を違からず脅かしかねない。経験の浅いうちに適当に懐柔できればいいが、自分の力で渡り合うことを知ってしまったら、抑え込むことは不可能になるだろう。
だが結局、アーストのあまりの若さが、周りの判断を鈍らせた。
ファイザバード会戦から三年ののち、族長となった少年アーストが周辺部族を従えてロンダウに叛旗を翻したとき、おもだった部族の重鎮たちは、その決起をまるで察知することができなかったのだ。
目をかけてやったはずの弱小部族の子供に、今度こそ裏切られたとラーシュは激昂し、すぐさま兵を引き連れて、アーストの討伐に向かった。しかし格の違いを見せつけてやると豪語して城を飛び出した族長の帰還は、泣きじゃくるアーストを縄に捕らえた凱旋ではなく、すでにこと切れて血に染まった軍旗に包まれた無言のそれだった。アーストは初陣からわずか三年にして、恐れ多くも巨大部族ロンダウの族長を討ち取ったのだ。
アーストの目的は、己がロンダウ族長の地位に取って代わるという野心ではない。もっと壮大な改革の理念、すなわち誰も成し得なかったア•ジュール全土の統一というとてつもない野望を抱いていた。------ そう、因習と血が脈打つア•ジュールでは、「野望」と受け取られるのは当然のことだ。しかしその声はまもなく「大志」となり、大地を染め始める。ア•ジュール最古の部族として名を知らしめる、サラフスの王メラドさえ征服の射程に捉え、剣と智に秀で戦に長けた若者が率いる、部族や派閥を超えた兵団「トロス」を組織し、未知なる大義に感化された者たちが、続々と彼の下に集っていった。
ラーシュの死の上にアーストの名が鎌首をもたげ、ロンダウの城には不安な気配が漂い始める。
「リイン」
ニルスはただひたすら、父親を亡くしたリインが心配でならなかった。一族の長を親に持つ宿命とはいえ、死を悼む間もなく、わずか十一歳でその後釜に据えられる、小さな少年
「大丈夫か?」
「大丈夫?大丈夫とはどういう意味だ」
「......無理するなよ。ラーシュ様のような戦慣れした方が討たれたんだ。あのときのお前の見立ては、やっぱり正しかった」
それまで努めて遠くを見ていたリインの目が、二ルスを見据える。
「けれと僕は、お前のことは絶対に守ってみせる。アースト•アウトウェイがお前まで狙って来ても、必ず返り討ちにするから」
気の利いた言葉のひとつでも言おうとしたのだろう、不器用に口元を歪めたが、結局何も紡げずに、リインはまた目を伏せた。
「叔父上たちはあの男を討つのだと血眼になっている。あの様子ではこちらの言うことなと聞いてくださらないだろう。遠からず、私自身があいつと戦うことになる」
再び顔を上げたとき、月に照らされたリインの横顔は、一度に十も年を取ってしまったように大人びて見えた。

リインの言葉とおり、ヤーン、イング、ブルーノの三人は、兄ラーシュの弔い合戦とばかりに、アーストの拿捕に乗り出した。少年があおり立てる新生ア•ジュールの構想や「トロス」の設立は、ニルスには夢物語のようで、自分がとこかの寒村に生まれでもしていたら、耳触りのよい理念に飛びついただろう。しかしリインを支え、ロンダウの繁栄を支えるべき自分には妄言だ。リインに言わせると、若者が体制に疑問を持ち始めたとき、その支配の形にはすでに多くの歪みが生じているのだという。ならばなおのこと、アーストの存在は、リインにとってもロンダウの繁栄にとっても、許容できるものではない。
ところがヤーンたちは、ここに来てさえ、アーストの背後にあるア•ジュールの時勢に、まったくと言ってよいほと目が向いていなかった。彼らが求めるのはアーストを見せしめに処刑することであり、リインを族長に担ぎ上げた下で、摂政の名を笠に着て権力を欲しいままにすることだったのだ。
世論を逆手に取ったあぶり出しも、陽動作戦や包囲の布陣の方法も、進軍の手順の一から十まで、リインの助言はことごとく無視された。彼らはこと竜盤の上で駒を動かすことに限っては、リインの人並み外れた能力を認めてはいたが、実戦にかけては経験を積んだ自分たちのほうが長けていると信じて疑わ なかった。
ラーシュでさえ太刀打ちできなかったアーストに、数で勝利できると思い込む、それが彼らの限界だっ た。ラーシュの死から一年あまりの間に、次男ヤーンと三男イングは立て続けに討たれ、その弔いのために自ら討伐部隊を指揮したリインは、奇抜な戦略によって何度もアーストを追い詰めるものの、貴族の将軍たちの保身に足元をすくわれて敗北を喫し、恐れをなした四男ブルーノは、アースト討伐に駆り出されたはいいが、道中で錯乱して馬ごと谷底に落ち最期を遂げるという、不名誉極まりない有様だった。
そのころにはロンダウの勢いは完全に挫かれ、ブルーノの死を皮切りに廷臣や貴族連中は血相を変えて王宮を逃げ出していた。アーストは今や「世界を牽引する者」を意味する「ガイアス」を名乗り、着実に力を増している。ある者は一日でも早く、「ガイアス」に忠誠を誓って保身に走ろうとし、ある者は勝ち馬に乗って自領を拡大しようと知恵を絞り立ち回った。ラーシュの死後も気丈に振る舞っていた皇后は、そうした無様な王宮の混乱に誇りを傷つけられて自害し、城は日を追うごとに荒んでいった。
リインの周りには、ニルスをはじめとする忠実な臣下がわずかと、身を引く機会を逸した下級貴族たちがちらほらと残されるばかりになった。


❖ モン高原の戦い
あれほどの栄華で知られたロンダウは、ガイアスの興隆と入れ替わるようにして、墜落の一途を迪る。しかしそれでもなおリインの配下には千を超える兵があり、若き族長リインのもとで一族の誇りを取り戻すべく、ガイアスと戦うことを望んだ。
リインにしても、父や叔父や、なかんずく自ら死を選んだ母の無念を晴らしたいという思いはひとしおだった。最初の敗北から一年、リインは戦略を練りに練り、峻険な山脈を背にしたモン高原にガイアスの軍を追い詰める。「小さき知将」と呼ばれるようになっていた族長自らの鮮やかな采配は、ラーシュの時代は当たり前だった力押しの戦術がいかにムダが多く、また兵に危険を強いる、強引で不合理なものであったかをまざまざと描き出し、決戦に赴く兵たちの戦意を高揚させた。


p04 (TOX Fan's Bible 117)
雪の大地に陣を構え、敵の出方を見守るリインの横に控え、ニルスは端正な横顔を見つめる。ガイアスほどの男が、こんなに簡単に包囲を許すなんて。きっとあいつも何か策があるに違いない。いや、リインならば、それを見越しての布陣のはずだ。よもや相討ちなどと考えるはずもない......。
雪を孕んだ風が強まってきた。リインに羽織らせる毛皮を用意しようと、指揮官用の天幕に引き返そうとしたところで、気配に気づく。小高い丘の向こうに、驚くべきことにガイアス自身が、わずかな部下を引き連れて姿を現わしたのだ。
今や大部隊を率いる名だたる若者の、臆面もない無防備さ。五年前に垣間見た少年の面影を残しながらも、見違えるような存在感を身につけたガイアスに、ニルスはただ圧倒された。待とう、と気づいたリインは言う。伝令の者を通した形式張ったやりとりなと、もはや不要だと言わんばかりに。
果たしてガイアスは、自ら敵陣を突っ切ってリインのもとにやって来た。貴族の矜恃を捨てさえすれば、この場で不意打ちに襲わせることとて、不可能ではない。しかし彼はそんなことを万にひとつも恐れる様子ではない。
「リイン•ロンダウ」
堂々たる声音で、ガイアスは続ける。
「兵を下げろ。ここは元来地盤の緩い地だ。お前たちの軍がこのまま大挙して北進すれば、馬の蹄と戦車のわだちが必ず雪崩を引き起こす」
「リイン。急場逃れの方便かもしれない。鵜呑みにするな」立場も忘れ、思わず二ルスは言うが、リインは冷静に問う。
「なぜ。本当ならば、お前にとっては好機のはず」
「目先の勝利に目を奪われて、優れた戦士をむざむざ死なすのは下の策だ。やがては俺のもとで、俺の国を支え、みなのために道を拓くべき大切な兵だ」
リインが一瞬息を呑んだ気配が伝わってきた。ニルスの脳裏にもよぎる、五年前の、おの忌わしいファイザバードの悲劇。
「姓と生まれとに囚われて、古いしきたりでからん締めにされた体制にしがみつくのではない。力ある者は己の足で、そうでない者は導かれる権利によって、幸福を手にできる国を、俺は造りたい。その礎となる人々を今、敵方に属するからといって失うなと、俺は望まない」
「信じろというのか?たった十七歳の男の言葉を」
「そうだ。ガイアスを名乗る俺と対峙している、十三歳のお前に、話しているのだ。わずか齢十一にして族長を継いだ、誉れ高きア•ジュールの七子(しちし)、ロンダウのリイン」
闇にラーシュの死を仄めかされ、リインの全身に緊張が走るのを、ニルスは感じた。体が無意識に前に出、リインを、あるいはリインの殺意を直に受けているガイアスを遮るが、それでも堂々とした男の言葉は止まらない。
「お前の父親は功を焦りあの津波で多くの兵を失って帰還したはずだ。俺の言葉を、子供の泣き言と切り捨て、嘲笑したお前の父親は」
「......あの戦いに私が参戦できたら、痛み分けなとでなく、必ずやア•ジュールを勝利に導いた。そしてその場でお前を殺した」
「父親ではなくお前が出ていたら、あの戦は別の結果を残していただろう。そしてお前は優れた戦略をで俺を追い詰め、俺はさらに先をゆく」
言いたいことはそれだけだ、とばかりに、ガイアスは踵を返した。リイン、と呼びかけるが、すぐには返事はなく、ややあって、ひと言鋭く言い放った。
「兵をダーグの門まで後退させろ」
どういうことだ、すぐそこにガイアスの軍がいるんだろう。リイン殿はここに来て怖じ気づいたんじゃないのか。
腑に落ちぬという顔の、あるいは臆面なく下満を口にする将校たちを一喝し、兵士たちをせき立てるようにして、一団がのろのろと後方へと陣を布き直した。それを待ちかねたように、山ひとつぶんもあろうかという雪の波が、流れるように斜面をすべり落ちる。幕営していた豪奢な天幕をいとも簡単に破壊し、がれきが大量の荷車や行李とともに高原を舐めていった。怒濤のような時間が終わったとき遙かな先でその光景をじっと見守るアーストの赤い鎧が、血のように鮮やかにきらめいた。

「ニルス。ロンダウはアース----ガイアスに下る」
その夜。雪崩に巻き込まれずに残った兵卒用の粗末な天幕の中で、リインは言った。
「リイン!駄目だ!それではロンダウ族は......ロンダウの宮廷は、ラーシュ様のお立場は、あの美しいロンダウの言葉はとうなる!」
「何もすベてを葬るわけではない。だがロンダウはここまで瓦解した。父を守れず叔父上たちを止められなかった私の責任だ。力を過信し一族を危機に陥れるのも愚行なら、闇雲に花を振り回して、その散りざまを美徳とするのもまた、愚かな指導者の自己満足にすぎない」
「僕が戦う!最後のひとりになっても、僕がロンダウの誇りを賭けて戦ってみせる!成り上がりの男に頭を下げて手下になるなんて、絶対に駄目だ!命令してくれ、リインー!お前のためなら刺し違えてもあいつを殺してみせる!」
思わず掴みかかったニルスの手を肩から払いのけて、リインは言う。
「ニルス。決めたのだ。......不服なら去れ」
突き放すような言葉。だがそれがリインの謝罪なのだと、二ルスには感じられた。
謝罪?誰にだろう?一族の爛熟を欲しいままにした父ラーシュにか。それともあたう限りの教育を授けてくれた、気高く聡明な母にか。あるいは戦場で死んだたくさんの名もなき兵たちこか。
僕はお前の痛ましい懺悔なんていらない。望むのは何よりも尊いその身を守ることだけだ。まだ少年の身で一族の終焉を追わされた、かけがえのない主であるお前を。
リイン。ひざまずいてか細い手を額にいただき、ニルスは泣いた。

リインがガイアスの配下となり、四散しかけていたロンダウ族は、なし崩しに解体した。とっくの昔にガイアス側に寝返っていた貴族や廷臣たちもたくさんいたし、残っていた者たちも新たな境遇になじんだ。
それから数年の間に、ガイアスはメラドの本拠地カン•ベルクを制圧し、「ア•ジュールの黎明」と呼ばれる新生ア•ジュール連合国の樹立を宣言する。
戴く王を換えた玉座は「ウィンガル」という称号を与えられたリインによって守られていた。聖獣フォーヴの翼を意味し、その伝説にひけを取らぬ才覚で万を超す兵を動かす、大切な友。その姿は神々しいまでに怜俐で、同時に痛々しい。
ガイアスは自分の麾下の忠臣であれ、方々から集う兵であれ、決してその出自で区別することはなく、彼らに主従関係があればそれを尊重した。ニルスのようにガイアスよりもむしろリインに忠誠を誓う者なら、変わらず直属の部下であることも許される。雌伏し逆襲の機を狙うメラドを討ち、ア•ジュールの完全なる統一を成し遂げるには、わだかまりなど不要なのだ。階級と部族とで社会を切り分けてた因習の壁が、目の前でつぎつぎと崩れていった。
これが、世界が変わってゆくということか。
ニルスのつぶやきを、リインは静かに笑った。顔にかかる髪の間に、蝋のように白い頬が見える。
------ロンダウの王宮は、もうない。

ある年、リインがわずかな護衛を連れてシャン•ドゥ近くを訪れた。街を築いた大部族キタルは、先代の族長がひとりの青年によって殺害されたあと混乱を極めており、一族内の争いはガイアスにとっても憂いだった。だがリインには、そうした政治的思惑とは別にキタルへの思いがあるという。


p05 (TOX Fan's Bible 118)
[Actually, the end of p.4 is "言われているが、実際" in the middle of the second lower sentence, but I've united both parts of the paragraph.]
キタルはロンダウと並び、「ア•ジュール絢爛の七子(しちし)」として栄華の極みにあった部族だ。伝説では起源はニ千年前に遡ると言われているが、実際のところがせいぜい数百年と見ても、その歴史は他の部族に比べて格段に古い。ア•ジュールの大地を拓き、実りをもたらし、文化を天に築き上げてきた自負が、ロンダウとキタルの双方にはある。
だがラ•シュガルが巨大な「国家」となり合理化された施策にょって興隆の道を歩む一方で、ア•ジュールは少しずつ斜陽の時を刻んでいる。
「ニルス。あの山肌の向こうに舞台が見えるか。ふたつの頂きの近くだ」
ふいにリインが振り返り、声をかけた。
「うん。あんな高いところにわざわざ造っているんだな。あれが『闘技場』か」
「ガイアスは十二の歳に、あそこでその年の優勝を飾ったのだ」
「十二歳……。だからファイザバード会戦のときにもあれほど?」
「決勝戦の相手が大部族の跡取りだったから、公にはされてはいない。アウトウェイとは比べものにならないくらい、力も発言権もある部族だ」
生まれた名前如何で、人生すら歪められる。ガイアスは何度も身につまされ、自分の生き方を見定めてきたのだろう。リインが己の思いを語るようにガイアスの過去を語るのに、ニルスは嫉妬を覚ぇた。
「この花の名前を知っているか」
「……いや。なんだか変わった花だな。茎に派手な花びらが並んでくっついている」
「グラディアトーレス(グラディオラス)と言う。グラディウス、つまり剣にちなんだ花だ」
リインが馬を降りて花を手折る。
「キタルの一族は、この花を闘技場で戦う男たちに捧げると言われている」
ニルスも、伴われてきた周りの護衛たちも、続く言葉をじっと待った。
「戦場に鳴り響く戦いの銅鑼。猛る魂の叫び。あるいは夫や息子を戦場で失いながら、なお武器を持てぬ女たちの怨念。ア•ジュールの大地は長く、剣と血とによって覇を求めてきた。だが私はこの花が、そうして死んでいった者たちへの祈りになればいいと思う。ガイアスは剣の山ではなく、厳かな手向けの先に、新たなア•ジュールの形を求めている」
そう言うと、リインは花を馬の項革(うなじがわ)のところに挿した。馬は嫌がってしばし頭を振った が、やがて諦めたように花を飾られた自分を受け入れた。


❖ 増霊極(ブースター)開発
依然抵抗を続ける前王メラドの軍を、ガイアスとリイン、ニルスらは見事制圧し、ついにア•ジュールは連邦国家として完全統一が果たされた。この「アルカンドの戦い」で接収したリーベリー炭鉱の研究所で、彼らは稀少な精霊の化石を使った奇妙な兵器の存在を知り、その解明に取り組む。
マナを人為的に操作している、というのが研究者たちの共通した見解だった。しかし拘束した反乱軍のメンバーたちも、ラ•シュガルから技術供与を受けた兵器に適当に手を加えただけで、根本的な仕組みや構造はわかっていない。要は強力な武器になりさえすればいい。限られた頭数で抵抗運動をする彼らには、それで十分で、理屈は必要ないのだ。
より効率的に、より汎用性のあるものを。そうしてマナを増幅させる「増霊極(ブースター)」研究が立ち上げられた。
ニ年かけ、霊力野(ゲート)を持つ家畜を用いた実験では、実用性が確認されるまでになった。しかし注霊針(バスキュラー)を直接脳に挿入するとなれば、さすがに被験体は慎重に選ばねばならない。
ニルスは恐れていた。そのころリインは、キタルの 「族長殺し」との戦いに敗れ、深手を負ったばかりだった。リインはその敗北を単なる屈辱ではなく、ガ イアスの側近としての力不足と強く悔いている。実際、参謀としては傑出しているリインだが、自ら剣を持つことに関しては、ニルスのほうがずっと優れてい た。一度懐に攻め入られてしまったら、リインの体躯と腕では分が悪い。
しかし責任感も自己犠牲の精神も過ぎるリインのこと、盲目的に力を求めるあまりに、無茶をしかねない。そして果たして、ニルスが危惧したとおり、リインは我が身を省みず、自ら実験台になると言い出した。
「……冗談だろ?お前はロンダウの王だ。王が身を切り売りするなんて、認められるはずがない」
「元、だ。今はガイアスに身を捧げる男に過ぎぬ」
それに。と、ひと呼吸置いて、リインは付け加えた。
「私は力が欲しい」

身の毛もよだつ咆吼が実験室に響き渡る。生身の肉体を用いた決死の実験は、最悪の自体だけは辛くも避けたというに過ぎない、筆舌に尽くしがたい光景を、見守る者たちに見せつけた。
急激なマナの凝縮に耐え切れず、リインは我を忘れて古いロンダウの言葉で罵り、叫ぶと、つぎの瞬間には血の混じった吐瀉物にまみれ、がくりとうなじを垂れて気絶した。万一を考えて拘束着を身につけさせたのは幸いだった。もし四肢が自由であったなら、悶えと錯乱で自分の喉元を掻き切るか、周りの者たちを残らず血祭りに上げるか、そのとちらかをしでかしたに違いない。己を律することにかけてはあれほと長けたリインに対してさえ、増霊極(ブース ター)に身を潜めた悪魔は、自我をめちゃめちゃに壊しでみせたのだ。
当初、増霊極(ブースター)との接続は、わずか数秒の負荷ですら回復までに五十時間以上を要する、苛酷極まりないものだった。しかし回数を重ねるにつれ、ブースト状態は安定し、ついには明瞭な意識を維持したままでいられるようになる。マナの高まりによって精神に変調を来し、人格が変貌することも、その影響か漆黒の髪が老人のような白髪へと変わり果ててしまうことも副作用のひとつとして已然危険視はされていたものの、とりあえずは実用化への光明が差した。
まもなくリインの頭部は注霊針(バスキュラー)を経由するのではなく、直接増霊極(ブースター)が埋め込まれ、それは名実ともに肉体の一部となる。
痛ましい実験と手術を間近で見守り続けたニルスは、誰に言われるまでもなく、自分も被験体となることを強く望んだ。担い手が複数いればそれだけリインの負担は軽減される。肉体を傷つけ、精神を破壊されることを恐れる気持ちなど、大切なリインの苦しむ姿を前にすれば、ものの数にも入らない。
--------だがニルスには、適性はほどんどなかった。

リインの犠牲的な実験によって、増霊極(ブースター)の性能は飛躍的に向上し、危険な体内埋没型ではなく、体外装着機器で、同等の効果が得られるまでになる。それと同時に施設には実験の担い手である子供たちが、ア•ジュール中から集められるようになった。戦火や飢饉やさまざまな不幸で親を亡くした彼らは、生活の全般を保障される代わりに、比較的安全とはいえまだ開発の途上にある、兵器の開発の一翼を担うわけだ。リインが総責任者に就任した増霊極(ブースター)研究所は、今や、ア•ジュールの命運を握る最重要機密となっていた。
人の霊力野(ゲート)はいまだ未解明な部分も多い。増霊極(ブースター)が使えないからといって精霊術力が劣るわけではないから気に病む必要はないと、博士たちは告げた。しかしリインと痛みを分かち合えないこと、リインひとりに負担を強いることが、何よりニルスには堪えた。
追い打ちをかけたのは、ガイアスの側近として、リインに続くふたりめの人物が任命されたことだ。 「ジャオ」という称号を与えられたその男は、ほかでもない、リインを打ち破りガイアスを追い詰めた、あのキタルの巨漢だったのである。族長殺しの汚名を返上し、自ら一族の長にのし上がった男は、こともあろうにガイアスの片腕として、リインと同じ緋の絨毯に立つことを許されたのだ。


p06 (TOX Fan's Bible 119)
[Actually, the end of p.5 is "(ブースタ" in the middle of the lower sentence, but I've united both parts of it.]
お前の蛮行のせいで、リインは、増霊極(ブースター)なんてものに手を出したのに------!
さまざまな確執を抱えた者同士でありながら、高邁な理想とやらのもとで剣を掲げ合う彼らの姿は、ある種非常に合理的でもあり、執念と呼べるほどに禁欲的だった。その一方で、誰よりもともにありたいと願っているつもりなのに、自分は席を並べることを許されない。ニルスは空しさを募らせ、それでもなおもがき統けていた。


❖小さな希望
ひとりの少女に出会ったのは、そんな折だった。研究所には日々新しい子供たちが送られてくるから、新顔に行き会うのは珍しいことではない。しかしその少女の面差しは、不思議とニルスの心に留まった。物静かで利発そうな、ゆるい巻き毛の美貌の少女。しかし心を引くのはその愛らしさよりも、寂しそうに目を細める、独特の表情だった。ほかの子供たちからは少し距離を置かれているらしい。
初めは、ここに来て日が浅いからだと思ったが、しばらく経ってもそうした様子が改善される気配はなかった。博士たちに聞いたところによると、少女は増霊極(ブースター)に驚異的な適性を持っていて、テストでもずば抜けた数値を叩き出している。だがそれゆえに子供たちから妬まれ、速巻きにされることも少なくないのだという。
二ルスは我知らず、少女に声をかけていた。
「あ......『ヒケンタイイチゴー』の人......ですか?」
少女が驚いたように返亊をする。
被験体一号。リインのことだ。なるほと、確かに、ニルスの金髪は、増霊極(ブースター)の副作用でマナが暴走しているときのリインと似ていなくもな。華奢なリインと長身のニルスとでは、背格好はそれなりに違って見えるはずだが、普段から親しくするでもない限りは、成人した男など子供にとっては可じようなものなのだろう。
とうかな。説明するのも面倒で、ニルスは適当こ肯定しておいた。本当だったら自分には「被験体ニ号」とか何とか、そんな肩書きが与えられていたかもしれないのだ。丸きり虚という訳でもあるまい。
「......みんな向こうに行っちゃいました。こっち来んなって。ネクラがうつるって。.......わたし、駄目な子なんです」
室内着の裾を折っては戻し、伸ばしてはまた折って、少女はそう告げる。綺麗に折り目をつけることができたら、明日こそきっと仲間の輪に入れるのだと、まじないでもかけるかのように。
「どうしたらみんなと仲よくなれますか?」
------君が悪いんじゃない、この世界の何もかも、大人たちの勝手な都合で作られたものなんだ。喉元までそう出かかって、言葉を吞み込んだ。彼女たちは行く宛をなくして、この施設で暮らす「権利」と、そして「義務」とを得た人間だ。今いる場所で「う まくやって」いけるほうがいいに決まっている。
自分だって、そうありたいと思ったのだ。
「難しいよね。自分の気持ちを伝えるのって」
「……はぃ」
「言葉にするのが難しければ、とんな方法でもいいと思うんだ。笑顔でも、手をつなぐことでも」
「口で言えなくても?」
「面と向かって話すのって、勇気がいるだろう?そういうときは、何かの力を借りてもいいと思う。それだって君の気持ちに違いはないんだから」
ニルスはそう言って、少女が持つ珍妙なぬいぐるみを手に取った。こんにちは、ぼく、きみがだいすきさ!あたかもその人形に話しているかのように、くねくねと動かして。
あはは、すごーい!満面の笑み。
それからしばらく、ニルスは会うたびに少女と話をした。ぬいぐるみを模した増霊極(ブースター)は、彼女の心を代弁するかのように饒舌に語るようになり、少女のよき相棒となってゆく。

「ここのところ、特定の被験体と接触しているようだが」
リインが出し抜けに問うた。
「.......何ということもないんだ。ほかの子たちとあんまり馴染めていないようだったから、気になって」
リインが副作用に苦しんでいる傍で、呑気に構えているとでも思われただろうか。ニルスは言葉を濁す。
たかが子供の社会、しかもみなが心に傷を負っているはずのこんな特殊な環境でさえ、人間関係とはかようにも複雑で、とこまでもしがらみがつきまとう。少しでもいたわってやりたいと考えるのは当然のことと思いたい......。
「実験に支障をきたすとも限らん。今後は控えてもらう」
「余計なことをしたのは謝る。でもそういう言い方はないだろう。第一ずっとひとりぼっちだったのに、誰もフォローしてやらなかったじやないか」
「大人が特定の子供に肩入れしては逆効果だろう。いらぬ問題を引き起こすだけだ」
「でもリイン。傷ついた心が癒えるには、まず受け止められる場所が必要なんじゃないか?あの子たちは、ここに来るような、悲しい事情を抱えた子たちばかりじゃないのか?実験にばかり追い立てて、不安や恐れを放っておいて、それじゃ枯れた土に種を蒔くようなものだ。実りを得るには、あふれるほどの水が必要なはずだ」
「過ぎた水は根を腐らせる。必要以上に子供扱いせずとも、自分なりに生き方を模索する
「違う!豊かな水は草木を大きく育てて根に己をたたえさせ、あとに生まれ出る植物たちのために糧を育むんだ!」
冷淡に努めるリインの言葉尻を逃がさぬよう、ニルスは食らいついた。
ずつと言いたかった思いがあふれ出る。
お前はガィアスと歩むようになって、刃のように研ぎ澄まされていった。でもそうやって自分を追い詰めて、お前を慕う者たちまで遠ざけようとする。


p07 (TOX Fan's Bible 120)
「お前はたくさんの覚悟も望まない責任も負わされて、ほんの小さいうちから大人にならざるを得なかった。その痛みを僕はずっと見てきたつもりだし、それを分かち合いたいと、どんなときだって願っている。でもあの子たちは違う。国とか駆け引きとかそんな難しいことなんて何ひとつ知らない、まだ自分の名前さえ満足に綴れないような、平凡で、かよわい子供だ」
息苦しいくらいに胸に迫る、子供のころの記憶。ふたりして転げ回った、ヒースに埋め尽くされたロンダウの大地。痩せた土地一面に広がる草の海で、小さな紫の花の間に揺れる、リインの澄ました顔。
国が滅びることなんて、悲しみに暮れることなんて、これっぽっちも考えなかった。息が上がるまで遊んで笑って抱き合って、遠い未来までいっしょだという誓いがあれば、それ以上の何ものも必要なかった。
「あの子たちにはもうここしか居場所がないんだ。自力では険しい岩壁の外に出ることもできない、この薄暗い閉じた世界に、すべての人生と幸福を賭けている。実験の結果とか、素養とか、僕たちが目的としていたものに叶わなかったとしても、そんなものとは何の関係もなく」
少女の遠慮がちな笑顔が脳裏をかすめる。
「とうか、幸せを与えさせてくれ」

物心ついたときから自分の命そのものだと、大切にしてきた友が、少しずつ触れられないものになってゆく。リインの心が遠く、だからこそ敵だったはずのジャオが、我が物顔で研究所に出入りしているのが苦々しかった。
彼はここにいる子供のひとりと縁故があるらしく、それゆえに自ら希望して、たびたび訪れる。今や飛ぶ鳥を落とす勢いの、ガイアス直属の部下だ。研究所になぞ置いておかず、自分の住まいに引き取ってやれば、今よりずっと恵まれた暮らしができようものを。
ジャオの到来が知らされ、ニルスはひとり男の前に立ちはだかった。
「知り合いの子がいるんですってね」
「......ウインガルから聞いたのか?まあ、知っていると言えば、そうだ」
大きななりをしながら、困惑した表情で自分を見下ろしている。リインとの一騎打ちで見せた凶暴さはすっかり影を潜めていたが、あのときのリインの姿を思い出すと、皮肉のひとつでも言わねば気が済まない。
「ア•ジュールのお偉いさんになったんだから、引き取ってあげればいいのに。それともこんな場所で苦労してる子供になんて、関わっていられないですか?」
「そう責めんでくれ。こんな生き方をしているのだ、己が身に何かあって、親しい人間をまた失うような目に遭わせたら、それこそあの子の心を壊してし まう」
「欺瞞ですよね。都合のいい、大人の言い訳だ」違う。これはただの八つ当たりだ。
「第一、もう顔向けはできまい。あの子の不幸を呼び込んだのは、ほかでもない自分なのだから」
ジャオはそれ以上は頑として語らなかった。過去に何か具体的な事件があったのか、それともこの騷乱の十余年そのものを指しているのか。
しかしア•ジュールの混乱の一端は、間違いなくロンダウの一族が招いたものだ。リインの理想に率いられた忠実な兵士たちが、何人もガイアスの兵に斃され、その家族が立ち直れぬ悲しみにうちひしがれ た。ラーシュやヤーンたちは戦のときには決まって、あちこちの村から物資を根こそぎ徴発した。ずっ と昔から、冬を越せずに飢える民が絶えることはなかった。誰が勝利しようと、ひとつの戦いが終わるたびに人々の暮らしは荒れた。リインお抱えの立場にいなければ、自分はそのどちらにいたことか。
ごめん、ジャオさん。どうにもならない感情に押し流されたことを恥じ、ニルスはつぶやく。
首元を飾るキタル独特の毛皮で目元を隠すように、ジャオが深く顔を埋めた。
侵入者を知らせる緊迫した声が響き渡ったのは、水場(ウンディス)も盛りに入った、ある月の夜だった。
数はわずかだ。しかし敵は明らかに戦い慣れしている。辺境蛮族のようなゲリラ的な統率と、正規兵顔負けの規律とを備えている。独特の方法論で徹底的に訓練され、警備を易々と突破する手腕は、相手の正体を捉えようもない。
扱う武器はそれにも増して不気味だ。ただの物理的な攻撃ではないはずなのに、マナの揺らぎもなければ、術の詠唱もない。高度な術士はごく短縮化されたファンクション詠唱を使いこなすというが、そうした気配さえ一切感知されなかった。得物は沈黙のうちに火を吹き、一瞬ののちに標的を絶命させる。
侵入者の目的は殺戮ではない。それが証拠に、不幸にも対峙してしまった警備兵を倒したあとは、目をかいくぐって研究所の奥へと進んでいる。増霊極(ブースター)の存在を嗅ぎつけて来たことは間違いない。
ならばまずは子供たちを助け出さなくては。
実験棟にはジャオとともにリインがいる。すなわち敵が目標にたどり着けば、同時にふたりに見つかることになる。袋の鼠とは気の毒なことだが、運が悪かったと諦めてもらおう
武器を手に走り出したニルスの視界を、見慣れない男の姿がかすめた。かっちりと着込んだ埃っぽいジャケット、大きくなびくスカーフ、そしてすべてを諦めたような目。
抜刀し向き直ろうとした矢先に、胸に焼けつくような痛みを受けた。「……悪ぃ。急いでるんだ」男 の空虚な声。
手に収まるような小さな武器なのに、たった一度の衝撃で、胸はもう呼吸の仕方を忘れたかのごとく、堅くこわばっている。そして刃の切っ先で抉られたように、どくどくとあふれ出る血。
うずくまり、やがて横倒しになったニルスの耳に、慌ただしい足音と交戦の様子が聞こえてきた。時折響く破裂音は、自分に傷を負わせたあの武器のものなのだろう。やがて地鳴りのような喧噪は去り、静寂が訪れた。
「ニルス」
吐き気の中にこだまするように、リインの声が聞こえる。自分がずっと親しんできた、抑揚はないが温かな声だ。
「……ん。僕は大丈夫だ。ジャオさん」
「案ずるな。子供たちはみな、安全なところに避難させた。娘っ子も無事だ」
傍にふたりが立っているのが、気配からは察せられるが、首を向けるのさえ難しい。ニルス、気を緩めるな。意識が途絶えたら戻って来られなくなる。冷静なリインが色を失っている。
「約束する。いつかロンダウを再興する。お前が念じ続けたように。だから」
「リイン。子供たちを。……みんな幸福に」
------僕たちがずっとそうだったように。嗄れた声で言った。
リインが胸をつかれたように目を見開き、大きく頷く。
それを見届け、ニルスはため息をひとつつくと、そのまま息絶えた。胸に刻まれたたったひとつの、得体の知れない傷痕が致命傷だった。

襲撃を受けた研究所はそれからまもなくして閉鎖され、収容されていた子供たちは新たな施設で、 四象刃(フォーヴ)ウィンガルの指揮のもと、より手厚い保護を受けることになる。
ウィンガルはその後自らのふたつ名を「黒き片翼」と称する。片方のみの翼が、ガイアスの腹心の人物であることを指すのか、それとも、対と羽ばたく無二の友の喪失を悼むからなのかは、誰にもわからない。
旧ロンダウの族長リイン・ロンダウ二十七歳。リインの部下ニルス•フリーデン三十一歳の、水の季節だっ た。

P.S.: Please, let me know, if you found any mistakes!
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